魂・魄の対称性
- 2016.08.31 Wednesday
- 09:55
『 愛の原因としての愛と創造感覚について 』
ここのところ、暇を見ては素粒子物理について再考している。
結局のところ、ゲージ理論に表現される対称性の原理とはスピノザ-ライプニッツにいうところのコナトゥス( 自己保存欲求 )とイメージがほとんど被るな。コナトゥスというのは、常に自己意識を自己意識たらしめておこうとする力のことなんだけどね。「 神の意志 」とか呼ばれることもあるんだけど。
要はゲージ理論の中で要求される対称性というのは、延長空間( 被造物空間 )が提供する局所的認識と持続空間( 創造空間 )が提供する非局所的認識のバランスを維持している力だってこと。
観点の球面化の思考実験でもわかるように、人間の意識は時空の方に一方的に傾いていて、非局所的認識の方が完全に無意識化している。時空意識だけだと実体とのへその緒が切れてしまうので、その両者間の琴線が切れないように絶えず力の調整を図っているのが複素空間の次元において様々な対称性を持っているボゾン( 力の粒子 )の役割だということになる。
ヌーソロジーが「 素粒子世界は超越論的無意識の構造( 自我構造、もしくは魂の構造 )だ 」というのはそういう意味合いから言ってると思ってほしい。
OCOT情報はこうした構造のことを単純に「カタチ」と呼ぶんだけど、これはプラトンの 形相( エイドス )という概念にとても近いね。このカタチが時空側に表出するときは今度は 質料( ヒューレー )となって現れる。その意味で形相と質料はアリストテレスが言ったように同じコインの表と裏のような関係にある。
問題はどちらを先手に取るかというところ。。カタチが見えない人間は当然、質料を優先しているよね。今じゃカタチの世界は 悪しき形而上 とか言って一刀両断にされて、質料と共に現れたニセのカタチ( 僕らが普通に形態と呼ぶもの )の方を形だと思い込んでしまっている。
こうした欺瞞ってのはどこにも見られるんじゃないかな。たとえば、愛という観念においても同じだね。一口に「 愛 」と言っても二つの方向があるんだよ。愛の原因としての愛と愛の結果としての愛ってやつ。前者はカタチを通して物質を創造していくんだけど、後者はカタチが見えず創造された物質世界の中で < 他者や物質を囲い込むように振る舞う。> 創造感覚が欠けた愛はすべて後者の愛だと言っていいと思うよ。
人間愛、家族愛、国家愛、なんでもいいのだけど、近代理性が掲げる愛がすべて嘘くさいのは、近代理性には創造感覚というものが完全に欠如してるからなんだ。人間が宇宙を創造できるなんて今の時代、誰も思っていないでしょ。でも、ほんとうはこの創造感覚というものが”信仰”の本質でなくちゃならない。その信仰の中に新しい愛のカタチ、愛の原因としての愛というものがあるんだよ。きっとね。
そろそろそっちに向かってもいいんじゃないかなぁ。
/OCOT広宣氏
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「 愛の原因としての愛というものがあるんだよ。」
形相(イザナギ)/質料(イザナミ)__の質料(イザナミ)が先に動けば、
< 他者や物質を囲い込むように振る舞う。>
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上記を単純化すれば、こうなる・・・
⚫️愛の原因__ = イザナギ = おもう
⚫️愛の縁 __ = ククリヒメ = いう
⚫️愛の結果__ = イザナミ = する
イザナミ( 愛の結果 )が先に動けば、
ククリヒメ( 愛の縁 )がウソ臭くなり、
イザナギ( 愛の原因 )もウソになり、
ヒルコが誕生してくる。
・・・これが、ちゃるスピ世界の有り様になっている。
⚫️延長空間( 被造物空間 )__魄霊( 私意識 )・先手世界→ シンパイするマインド世界
⚫️持続空間( 創造空間 )___魂霊( 公意識 )・先手世界→ 考えるるソウル世界
上記「 生命の樹 」情報は、すべて堕天使発信だから、気を付ける必要がある
問題は___欠損しているダート( 知識 )と宇宙天板( 第14チャクラ )
”わたしは、愛の原因を伝えに降りてきた___が、失敗した” /ヨシュア
イザナミを先に動かせる、・・・
”堕天使世界の「 愛ですよ光ですよ 」は、もういいんですよ” /けろりん
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創造主永遠意識復活狂闘委員会< I・AM >
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